タイの社交ダンス

10年ほど前の記事ですが、ちょっと面白いので紹介します。日本とタイ、国民性や暮らしの文化の違いはダンスの世界にも現れています。

 
「今日本は大変なダンスブームです。
全国津々浦々で生涯学習として楽しまれ、ダンス人口5百万とも
言われています。ダンス専門の雑誌も2誌あります。ダンスは
もはや生涯のスポーツとしてとらえられており、スポーツダンス
という言葉も生まれています。大きな競技会が武道館で絶えず
開催され、何時もフアンであふれます。
東南アジアではどうでしょうか。例をタイに取ってみます。
タイにも社交ダンスはあります。バンコクには10数軒のダンス
教室があります。その中でよく本場の英国へ研修に行っている先生
は二人です。
 
バンコクで東南アジア地区のダンス競技会もよくあります。
シンガポールがよく優勝していました。審査員はヨーロッパから
来る本格的なものです。タイも健闘していました。
 
タイでも年末近くになりますと職場の忘年会があります。
大抵ビルの中庭、屋上にテーブルを広げ一緒に食事をします。その
時仮設の舞台でバンド演奏、カラオケならぬナマオケ、その他の
余興が繰り広げられます。ダンス大会が行われる時もあります。
それに備えて12月になるとダンス教室が賑わいます。
 
ダンス教室の生徒は日本と同様年配者が多いようです。私が
通っていた教室では75歳のおじいさんが熱心に練習していました。
日本ほどダンス人口は多くないのですが、矢張り生涯学習の感じが
します。
 
教室である程度ステップが踏めるようになると、今度はダンス
ホールでの本番となります。ダンスホールはメナム川の対岸に多く
点在しています。夜9時頃教室での練習を終え、練習仲間に先生を入れて
ダンスホールへ繰り出します。9時まで中華料理店、その後テーブルを
片づけてダンスホールに変身する所が多いのです。
 
タイでのダンスホールの一般的な流れを見てみます。勿論音楽は
生のバンドで本格的です。先ず、必ずと言っていいほどウインナワルツ
で始ります。2ー3曲踊った後、ワルツ、タンゴ、スロー、クイックと
いずれも2ー3曲ずつです。モダンダンスが終わると次は軽快なラテン
ダンスへと移ります。
 
キューバンルンバ、チャチャチャ、ジャイブなどです。ラテンは
動きが早いので汗をかきます。そこで又ゆっくりとしたモダンダンスへ
戻ります。これを2ー3回繰り返しますと、もう夜の12時近くになります。
そこでタイ独特のダンス、コラチャが始ります。コラチャはチャチャチャ
と似て早いリズムです。4拍目にアクセントがあり、4拍目に右、左の足を
時には前へ、時には後ろへ軽く蹴り上げます。
 
この頃になると舞台のバンドの前にホール専属の女性がずらりと
並んで、タイの楽器でシンバルと似た鈴のような楽器を手にして調子を
取り、盛り上げてくれます。ホールはもう満員で皆コラチャのリズムに酔った
ようになります。
 
最高に盛り上がった所で今度はタイの盆踊りラムヲンの出番です。
今までの早いリズムがゆっくりとしたリズムに代わり、二人のペアーは
それぞればらばらに散らばり、自然とホールの真ん中を中心に人の輪が
できます。この輪は女性、男性が交互に並んでいます。
 
ゆったりとした、リズムに合わせて女性は手で小さな輪を作り、
優雅に両腕を体の前で揺らして、調子に合わせて輪になって進みます。
男性は女性の後から両手を大きく広げ、前の女性を包み込むようにして、
女性の後からついていきます。
 
このラムヲンは祭りの時、結婚式の祝いの宴などで必ず踊るもので
日本の盆踊りに似ています。後ろの男性は前を進む女性の前に出て振り返って
女性と顔を合わせます。男性が前の女性を口説いている形です。
 
ラムヲンが優雅に数曲進んだところで、場面はがらりと変わり、
強烈なビートのきいたデイスコとなります。もう夜中の2時です。いつ
果てるとも知れないデイスコを後にして私たち夫婦はホールを後にして
いました。
 
日本のダンス教室の生徒さん一行が観光を兼ねて来ることもあり
ました。こうなると私の出番で、来タイ前の打ち合わせ、タイのダンス教室
との打ち合わせで合同ダンスパーテイーを開催することになります。
ホールではタイ側と日本側のペアーの組み合わせ、通訳と私は汗だくでした。
ダンスのステップは英国に発し、バンコク共通ですから、日タイ親善の
意味もあり、タイでの楽しい思い出の一つとなっています」
 
                                                                (元田時男さんの タイ情報 より)
 

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