| ウラジーミル・マラーホフ | |
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みんなビックリの快進撃
アマスタンダードB級優勝の王野振稔・王野亜紀組

ダンスを本格的に始めて約半年のカップルが、アマスタンダードB級に優勝するという驚くべき快挙を成し遂げた。ミウラダンス教室所属の王野振稔・王野亜紀組である。教室を訪ねて分かったことだが、王野亜紀さんは三浦教林代先生のお嬢さんだった。
「あ〜あ、それでね」と言いたいところだが、実は王野組は2人ともダンスはズブの素人で、今年から本格的な練習を始めたという。もともと亜紀さんは「ダンスは嫌だったけど、結婚して旦那のほうがハマってしまい、やろうというので始めた」らしい。親戚筋の石橋暉夫先生は「結婚式のときに2人がダンスを躍るといって、ワルツを踊ったけどとてもとても……、ところが今年6月にデモを見てびっくりした。とても同じカップルとは思えなかった」と裏話を披露してくれた。とにかくそのくらいのものだったのだが、4月2日の競技会ではJ3〜D級に出場、同23日に同じくJ3〜D級出場。最初の競技会のD級準優勝以外はすべて優勝してきた。そして6月11日にはC級2種目で優勝、7月9日はC級とB級で優勝という猛スピードで優勝街道を突っ走ってきた。だからまだ持ち級は無級なのだそうだ。それでも亜紀さんは「優勝できてびっくりしています。でも負けず嫌いなので、このまま頑張って次も優勝を目指し、1年でA級に入りたい」と抱負を語ってくれた。三浦先生にもお話を伺ったが、それはかなりのスパルタだったらしい。まあ、そうでもなければこの結果は生まれないとは思うが、いろんな人にこの話をすると「信じられない」ということだった。次はJDCの鹿児島大会に出場予定、ぜひ注目していただきたい。
SPECIAL INTERVIEW 石井誠治・水摩あさみ先生
何もかもが刺激的で、いい経験だったブラックプール

今年の5月末から6月初めにかけて開催された世界のダンスの祭典、ブラックプール全英ダンス選手権には世界中からたくさんのダンサーが結集した。例年、イギリスのウインターガーデンでは、この時期には世界のダンス界が集まってきて、壮大なダンスイベントが繰り広げられる。もちろん日本からもたくさんの選手と応援団、そしてダンス関係者の方々がブラックプールをめざして行く。九州からもプロの先生たちがこの地で開催される全英ダンス選手権に多数出場した。ブラックプールはダンス関係者なら一度は行ってみたい夢の世界なのだ。さて今年は我らがJCF九州ラテンチャンピオンの石井誠治・水摩あさみ先生(ダンス教室エイト所属)も憧れのブラックプールに初挑戦し、2次予選進出を果たした。かのブラックプールには何があったのか、どんな衝撃を受けたのか、ダンスジャーナルは帰国後まもない石井誠治・水摩あさみ先生にお話を伺った。

競技会場のウインターガーデン シンボルのタワー
Q ブラックプールの印象はいかがでしたか?
Q ブラックプールには中国選手が増えていると聞きましたけど、やはりそうですか?
石井先生 ブラックプールの出場選手で一番多いのが日本人、それから中国人選手も多かった。だから1次予選では東洋系の顔の選手が多く、2次予選になって各国の選手がバランスよく入って踊っているような感じでした。それにしても中国人選手の台頭は凄いと感じましたね。フォーメーションの大会があったんですが、そこに出場した中国人選手2チームの背格好はみんな同じくらいに揃っていて、しかもみんな上手いんですよ。でもその選手たちは本戦には出場しない選手なんです。まさに中国恐るべし、です。日本はヤバイと感じました。
Q アマチュア選手もレベルが高いといいますが?
Q いろんなお話をありがとうございました。最後に読者の皆さんにも一言お願いできますか?
おめでとうございます。
いまり社交ダンスサークル21周年
5月28日(日)、いまり社交ダンスサークルの21周年記念ダンスパーティが、佐賀県伊万里市の伊万里玉屋で開催されました。私もご招待いただいていましたので、お祝いに伺いました。このダンスパーティは、毎年この時期に行われるいまり社交ダンスサークルの恒例行事です。今年も約150名のお客様が集い、大いに賑わいました。
いまり社交ダンスサークルは21年という長い間、地域に密着したサークル活動を続けています。社交ダンスがブームを迎えたバブルの時代には100名を超える会員がいて、熱心に練習していたそうです。今は少し少なくなって、その半分くらいですが、このサークルは20歳代〜30歳代の男女がたくさんいる、特異なサークルでもあります。下は16歳の女の子がいて、上は78歳の女性もおられます。この秋、10月29日には伊万里市文化祭参加ダンスパーティが、今回と同じ伊万里玉屋で行われますが、そのときには若い会員たちもソロで踊るそうで、今一生懸命練習を続けています。

さて、イベントではダンスタイムの後、サエキダンスアカデミーの麻生貴夫・麻生めぐみ組がラテンのデモンストレーションを、また板井一哲・酒井三和組がスタンダードのデモンストレーションを披露しました。お客さんたちはプロデモの素晴らしさに感動、そしてアンコールのダンスに酔いしれていました。
舞踏とは何か? 舞踏の表現とは何か?
身体は世界の中で動いている。
──新田博衛の舞踏芸術論から
舞踏の表現とは何か? 舞踏における想像力とは何か?
1人の観客として、その問いはいつも頭に残っている。目の前に踊りを見て、ああ美しい、素晴らしいと感じてはいるが、いったいそれが何なのかというと、よく分からない。この疑問に対する一つの見識に出会ったので、紹介することにした。新田博衛先生(京都大学名誉教授、文学博士)が1979年6月に「理想」誌上に発表された論文「気ままにエステチックス」に所収されている「舞踏の復権」がそれである。いささか長いので全文を紹介するわけには行かないが、論旨に沿って話を進めたい。
観客からすると舞踏から伝わるものは何か?
何かしら情熱や感動は伝わってくるが,その実体はというとやはり分からない。その点について先生はこう書いている。
「身ぶりがそのまま言葉の役をしているのではないか? インドの舞踊家は指の動きで蛇を這わせ蓮華を咲かせシヴァを怒らせる。美しく精緻な指信号の体系が曼荼羅的世界を描き出す。とはいえ踊りを国際船舶信号のようなものの身体版と考えることはできない。それにはあまりに溢れる部分が多すぎる。げんに身ぶりの指示的意味に敏感な拒絶反応を示す現代舞踊も立派に一人前の踊りとして成立しているのである」
指一本の動きにも意味があるとする舞踏と、それらを超越した舞踏、そのいずれもが舞踏として成立している。言葉の表現にしても〔一本の木が〕と言っただけで、続く言葉までも想像してしまう。例えば〔立っている〕
と思う人も入れ場〔在る〕と思う人もいる。そこには微妙なコミュニケーションの違いが生じるではないか、そういうことが書いてある本をよんだことがある。では舞踏には何が隠されているのだろう?
「言葉の衣を剥ぎとったあと舞台に何が残るか? 運動する身体、それだけではないか。その身体は客席にいる者のそれと完全に同形である。観客の身体の動きは見るに値しないのに、踊りはなぜ人びとの目を惹きつけてやまないのか? 」
まさに、である。しかし新田先生は次にこうも続けている。
「舞踏における動きはどうやら“動くこと”そのものを目的とした特異なものらしい。身体は世界の中で動いている。いや、身体が動くにつれてその分だけ世界が現れ出る、と言うべきであろう。身体は世界構成の隠れたゼロ点である。見えないゼロ点を動く肉体によって何とか可視化しようとする工夫──それが踊りではないであろうか。それが人目を惹くのはこの想像力の冒険のせいではないのか」
舞踏は世界を現す。舞踏はそのための想像力、そして冒険。なんとも壮大なスペクタクルとロマンが舞踏には隠されているように思えてくる。踊り手が表現しているもの、伝えたいもの、それは自分の世界なのか。それだけではない。新田先生の視点はもっと深い。
「どんな踊りも過酷な肉体訓練を強いる。なんのために? 形像力のあらゆる要求に即座に応じるために──。成功した踊りはわれわれが世に在ることの根のようなものを、一瞬、垣間見させてくれる。呪術や宗教儀式から離れても、この『最古の芸術』には相変わらずの魔力が具わっている」
リアルな表現世界がそこにはあるのかもしれない。もともと舞踏の原点は人の暮らしに根付き、呪術や宗教儀式とは表\裏一体のような密接な関係でもあった。生きていること、そのもののことだったかもしれないくらいだ。送り手と受け手は別々であって別々ではない世界。それが宗教儀式ではなく、舞踏として独立した形になってきても、やはり成り立ちの出発点は残っている。だからこそであろうか、新田先生はこのように締めくくる。
「徹底して見るのが哲学者の務めなら、その目はまず舞踏に向かうべきであろう。ここには世界の隠れた原点がいわば炙り出されている。しかも踊りは──ぜひ付け加えておかなければならないが──見て楽しいものなのである」
もっと考えてみたいテーマである。さて新田先生の専門は美学・芸術学であり、この論文はその専門家の視点から舞踏の本質を鋭くえぐっている。舞踏とは何か? 舞踏における表現とは何か? その根の部分にある閃きのようなものが、この論文から見えてくる。新田先生は「身体・運動・エフォート 舞台美学の試み」や「舞踏の現象学」その他の舞踏と芸術に関する多くの論文を発表されているので、これらについてもいずれまた紹介したい。
Special B級選手の声
B級戦が少なくなると、昇級のチャンスも少なくなる。これは大変なこと。
アマチュア競技選手がこんな話をしていた。
「先日開催されたJDSFの福岡大会と6月に開催される大分大会にはB級戦が組まれておらず、自分たちB級選手はA級戦に出場するしかない。競技会は年に何回と決まっていて、その中からB級戦が2回もなくなるということは、それだけ出場回数が減り、当然ながら昇級のチャンスも減少する。A級戦に出場しても、A級の選手が安定した実力を競っている現在の状況では、6組のファイナリストに残るのは至難の技だ。どうしてこういうことになるのか、困っている」
複数のB級選手から話を聞いたが、やはり同様のことを言っていた。何故このような措置がとられたのか。考えられるのはB級とC級の選手数が多く、B級戦を実施した場合にはB級選手だけでなく当然C級選手も重複して出場する。そうすると全体の出場組数が膨れ上がって、競技会の運営自体が難しくなってくるということだ。特に福岡大会の場合は出場組数が多く、年1回の大会を2回に増やしたらどうかという案も出ているらしい。
ところがこのような状況を考慮して、各大会においてA級、B級、C級の持ち級によるクラス戦をやろうということも話し合われ、各県連に文書も出されていた。実際に5月に開催される山口大会ではB級戦が行われることになっている。それなのに、どうして……、というのがB級選手たちの悲痛の声だったのだ。この嘆きは、当然かもしれない。とにかく現在のA級戦ファイナリストの顔ぶれは、これを打ち破って6組の枠内に入り込むにはハードルが高すぎる。セミファイナル位までは常連組の顔ぶれになってきている。もちろんその中にはB級選手も含まれているが、先に実施された昇級基準の改定によってA級からB級へ戻ってきた選手も多く、とにかくB級選手にはより一層厳しい戦いが強いられている。なかなかA級に昇れない、そういうB級選手のストレスとジレンマはいつ解消されるのだろうか。
ダンスジャーナル



